episode 3
気持ちの伝え方
「今日花届くから預かっておいて」
息子からのLINEはいつも唐突で話の前後が見えない。
父と息子の会話なんてそんなもの。
深く聞かずとも引き受けるのが父の役目だろう。
「はい。 ところで年末は帰ってくるのか?」
返事は帰って来なかったがそれもいつものこと。既読と表示された画面を見て待つのをやめた。
落ち着きがないのは誰に似たんだか。
こちらから話しかけた頃にはもう会話は終わっていた様だ。
チャイムが鳴った。
財布を手に取り玄関を開けると花を抱えた笑顔の女性が立っていた。
「花たくです!お花のお届けにあがりました」
「ありがとう、お代は?」
「先に頂いてます」
「そうか。何も聞かされていないからどうしようかと思ってね」
女性が抱える花は想像以上に大きかった。
右手左手を交互に差し出して、結局両手で受け取った時に自分で花を注文した事がないことに気づいた。
「素敵ですね。奥様へ毎年贈られているんですか?」
「私が? いやいや、息子に頼まれたんだ」
「息子さんから伺っていますよ。
父が、どうしても母に贈りたいって言うから、一番いいやつを届けてほしいって。代わりに買いに来たって仰ってましたよ。あ、こちらも奥様に」
そう言いながら手渡されたのはメッセージカードだった。
見ず知らずの女性が嬉しそうにしている事が不思議だった。
素敵ですね、か。どうりで嬉しそうな顔をしていたわけだ。
花屋さんの目には60を過ぎて妻に花を贈る”粋な夫”に映ったのだろう。
リビングのテーブルに置いた花束とカードを見て、いささか強引だが今日だけはこれまでとは違った自分になった様な感覚を覚えた。 こんな事でもなければ妻に花を贈る機会はなかったかもしれないと思うと、素直にこの花を手渡してみたかった。
1時間後には帰ってくる。
花束を持って迎えてやろう。
「ただいまー。
ケンタが大晦日に帰ってくるって父さんに伝えてって・・・」
帰って来た。ドアを開けてから話せばいいのに。
「おかえりなさい」
「やだ!すごいわね、どうしたの?」
「日頃の感謝を伝えたくてね」
「私に!?ありがとう、お父さん。」
「私がこの花好きなのよく知ってたわね?」
「まあ、夫として当然な。」
世の中には、自分の妻の好きな花を知っている夫はどれだけいるだろう。 ケンタが知っていた事にも驚くが、きちんとその花を選んでいる事に関心する。
こうした一面が頼もしくもあり、深く聞かなくても心配せずにいられる理由だろう。
「これ、せっかくだから読んでくれる?」
一仕事終えた気でいたが、花と一緒に受け取っていたメッセージカードはまだ渡していなかった。
面と向かって気持ちを伝えるなんて照れ臭いが、今は粋な夫としてそれも悪くない。
あくまで渋々といった表情で封を開ける。カードを裏返すと一言だけ書かれていた。
- ここはアドリブでよろしく -
息子のニヤニヤした顔が目に浮かぶ。